私が監禁された時、マンション内に持ち込まれた書籍は、所謂反対本だけではありませんでした。韓国で使われている歴史教科書、韓国・朝鮮史を扱った書籍なども持ち込まれました。歴史というものは、どのような視点・立場で見るかで見え方が大分変わります。統一原理では、アベルとカインのように単純に2分する傾向があります。しかし、カインが絶対悪でもなければ、アベルが絶対善でもないことは言うまでもないことです。いろいろな視点・考え方があると思いますが、読んでみてください。
まずは演説から
「議長、私は悲しみと日本に対する深い憤りの念をもって、宣戦布告に対する支持を表明するものです。
私は、過去3年の間、欧州およびアジアにおける戦争にアメリカが参加することに一貫して反対してきました。
しかし、ワシントンにおける和平交渉継続中に、かつ、最終段階における天皇に対する大統領の個人的要請を無視して行われた、日本の海、空軍による不当、邪悪かつ厚顔無恥で、卑怯な攻撃の結果、戦争は不可避かつ必要となりました。
米国内で論争、対立をすべき時は過ぎました。
今や行動をとるべき時なのです。
介入主義者および非介入主義者は、相互に告発と再告発、批判と反論を繰り返すことを止め、戦争遂行のために大統領と政府の下で一致団結しなければなりません。
日本による残虐な攻撃に対する答えはただ一つ、いかなる血、財産および悲しみを代償としても、最終的勝利まで戦いぬくということであります。
この日本の我々の領土に対する、挑発されない、かつ無意味な侵略行為は、戦争によって報いられなければなりません。
私は、外国における戦争に介入することに一貫して反対してきましたが、同時に、もしも我々が外国勢力により攻撃を受けるか、または合衆国議会が米国的かつ憲法に合致した方法で宣戦を布告した場合には、大統領とその政府を最後の最後まで支持する、ということも繰り返し表明してきました。
神々は、その滅ぼそうとする者たちをまず狂気にさせます。
日本は、完全に乱心するに至り、挑発されない先制攻撃をしかけることによって、その陸、海軍および国家自体にとっての自殺行為を犯しました。
私は、適当な時期に、前世界大戦と同様に、戦闘部隊の、そして望むらくは有色人種部隊の司令官として従軍することを申し出るつもりです。
米国を防衛し、戦争に狂った日本人の悪魔たちを全滅させるためならば、私はいかなる犠牲をも払うことでしょう。
今や戦いに臨むのでありますから、アメリカの伝統に従い、昴然と頭を上げていこうではありませんか。
そして、この戦争は、侵略に対抗し祖国領土を守るためだけのものではなく、全世界の自由と民主主義を守るための戦いであることを、かつ我々は勝利を得るまでは戦いをやめないことを、世界に知らしめようではありませんか。
私は、全米国市民、特に共和党員と非介入主義者に対し、個人的見解や派閥意識を捨て、合衆国軍隊の勝利を確保するために、我々の総司令官である大統領の下に団結するよう要請します。
我らが祖国よ。
外国と接するにあたり、祖国が常に正しくあるよう。
しかし、正邪にかかわらず、我らが祖国よ。」
上記の日本を激しく非難する演説は、真珠湾攻撃の翌日に行われたフランクリン・ルーズベルト大統領による日本に対する宣戦布告を求める議会演説に続いてある人物によって行われた演説です。この演説の主は、アメリカの参戦に強く反対していた共和党の下院議員ハミルトン・フィッシュです。真珠湾攻撃は、参戦反対の筆頭であったフィッシュをして、また戦争に巻き込まれることを拒否していたアメリカ世論にも、対日宣戦布告を容認せざる得なくするような出来事でした、、、。そのはず、でした、、、。
ハミルトン・フィッシュ
第二次世界大戦が終戦した後、ルーズベルト政権の対日交渉の詳細が明らかになるとフィッシュは自分の演説を深く恥じることになります。特にフィッシュが、問題視したのはルーズベルト大統領が「ハル・ノート」*1の存在をアメリカ議会に隠していた点だったといいます。
ルーズベルトは、議会にもアメリカ国民に対してもこのように説明していました。「アメリカが誠意を持って対日交渉を続けているさなかに、日本は卑怯にも真珠湾を攻撃した。」
フランクリン・ルーズベルトフィッシュはこう振り返ります。
「私たちは、日本が、和平交渉の真っ最中にわが国を攻撃したものだと思い込んでいた。1941年11月26日の午後に日本の野村大使に国務省で最後通牒が手交された。それはハル国務長官が渡したものである。ワシントンの議員の誰一人としてそのことを知らなかった。民主党の議員も共和党の議員もそれを知らされていない。」
「FDR: The Other Side of the Coin.」(1976年)ハミルトン・フィッシュ著フィッシュの認識は、ハル・ノートが議会だけに開戦権限を認める合衆国憲法の精神にも背いた外交文書であり、議会の承認を得ない対日最後通牒ということです。
さらに、戦後の研究で、日本の天皇も指導者も対米戦争を望んでいなかったことが明らかになると、彼はこのように述べるに至ります。
「私はルーズベルトを許すことができない。彼はアメリカ国民を欺き、全く不必要な日本との戦争にアメリカを導いた。日本の指導者が開戦の決断をすることになった最後通牒ハル・ノートはルーズベルトが真珠湾攻撃を『恥ずべき行いの日』と呼んだことにちなみ、『恥ずべき最後通牒』と呼ぶのが適切と思われる。
日本は、面積がカリフォルニアにも満たない人口八千万人の比較的小国であった。天然資源はほとんど保有せず、また冷酷な隣国であるソビエトの脅威に常に直面していた。
天皇は名誉と平和を重んずる人物であり、側近の攻撃的な軍国主義者を制止するために、できるかぎりのことを行っていた。
日本はフィリピンおよびその他のいかなる米国の領土に対しても、野心を有していなかった。
しかしながら、ひとつの国家として、日本はその工業、商業航行および海軍のための石油なしには存立できなかった。
日本は、コメおよび石油の購入を平和的に保証されたならばどのような条約にでも署名し、南方に対するいかなる侵略も停止したであろう。
ただ、自由貿易を認めるだけでよかったのだ。
どうしてイギリスが極東における数多くの領土を保有する絶対的な権利を持つべきであり、その一方で日本が近隣諸国からコメ、石油、ゴム、錫その他の商品を購入することさえもできないくらいの制限を米国によって課せられなければならないのか。
こんな理不尽な話はあり得ない。米国の最後通牒を受け取った時点の日本は、四年にわたる戦争の結果、中国のほとんどの海岸線、大都市、かつ広範な領土および満州全土を掌握し、極東最大の勢力となっていた。
このような強力な国家に対し、米国はこれ以上何を要求できると言うのか。
天皇および近衛首相は、平和を維持するために信じられないほどの譲歩をするつもりでいたのである。非常に平和愛好者である首相の近衛公爵は、ルーズベルトとの会談を繰り返し要望していた。在日米国大使であったジョセフ・グルーは、日本がどれだけ米国と平和的関係を保ちたいと希望していたか承知しており首脳会談を強く要請した。
日本は米国との開戦を避けるためならば何でもする用意があったであろう。
しかし、ルーズベルトはすでに対日戦、対独戦を行うことを決意していたというだけの理由で日本首相との話し合いを拒否した。
日本との間の悲惨な戦争は不必要であった。
これは共産主義の脅威をより恐れていた日米両国にとって、悲劇的であった。
我々は、戦争から何も得るところがなかったばかりか、友好的だった中国を共産主義者の手に奪われることとなった。
イギリスは、それ以上に多くのものを失った。
イギリスは中国に対して特別の利益と特権を失い、マレーシア、シンガポール、ビルマ、インドおよびセイロンをも失った。
日本人は、高度な忠誠心、愛国心に満ちた、非常に感受性の強い、誇り高き、かつ勇敢な民族である。
このような民族に『恥ずべき最後通牒ハル・ノート』を突きつければ、必ず戦争になるとルーズベルトは確信していた。
私はルーズベルトを許すことができない。
この大戦は米国に三十万人の死亡者と七十万人の負傷者、そして五千億ドルの出費を米国にもたらした。
日本には軍人、民間人合わせて三百万人以上の死亡者をもたらした。
日本の物的、人的、精神的被害は計り知れない。その責任はルーズベルトが負っているのだ。」「Tragic Deception: FDR and America's Involvement in World War II.」(1983年)ハミルトン・フィッシュ著*2
フィッシュ以外でもケビン・ドーク氏(米国ジョージタウン大学教授)はこう述べています。
「国際法上、日米戦争の始まりは日本の真珠湾攻撃ではありません。それは、1941(昭和16)年7月のルーズベルト大統領による日本の在米資産凍結です。これは当時の国際法では「戦争行為」にあたります。アメリカでは批判される見解かもしれませんが事実です。ですから、法律的には、真珠湾攻撃は日本の防衛行為だと解釈されます。」
*1ハルノートの内容は、中国大陸やフランス領インドシナからの即時無条件完全撤退、日本が支持する汪兆銘政権(南京政府)を見捨てて、アメリカが支持する重慶の蒋介石政権(重慶政府)を支持すること、日独伊三国同盟の死文化(事実上の破棄)が含まれており、到底、当時の日本政府が受け入れることができない内容であった。また、
ベノナ文書により、ルーズベルト大統領時代のアメリカ合衆国の財務次官補としてハル・ノートの草案作成に携わったハリー・ホワイトは、ソ連軍情報部の協力者「Jurist(ジュリスト)」「Richard(リチャード)」というコードネームを持つソ連のスパイであった事実が確認されている。
ハリー・ホワイト *2ハミルトン・フィッシュの著書「Tragic Deception: FDR and America's Involvement in World War II.」は邦訳されている。
日米・開戦の悲劇
入手はむずかしいかなぁ
戦争を仕掛けたのは、真珠湾に奇襲攻撃をした日本である。
漠然と信じてきたことは本当でしょうか?
終戦記念日は過ぎてしまいましたが、ぜひいろいろ考えてみて下さい。
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