3月31日、東京の渋谷区議会で性的マイノリティのカップルに自治体が「お墨付き」を与える「同性パートナーシップ制度」条例案が可決された。正式な同性婚ではないものの、日本でこのような制度が導入されたのは初めてのことだ。
この動きを巡り、保守系グループなどが性的マイノリティに対するヘイトスピーチを含む妨害活動を行ったことは、すでにレポートした。
そうした動きの中でも際立っているのが、韓国発祥の宗教団体・世界基督教統一神霊協会(統一教会)信者らによる組織的な反対ぶりである。*1
統一教会ばかりでなく、韓国では保守的なキリスト教団体が、性的マイノリティの団体とそれをサポートするリベラル派に対して様々な形で攻撃を続けてきた。
たとえば、6月に予定されている「コリア・クィア・カルチュラル・フェスティバル」(KQCF)の広場使用問題がある。
ソウル市にも圧力
韓国の性的マイノリティが一堂に会するKQCFの組織委員会は、6月9~13日の開催を予定し、ソウル市に対して市庁前広場の使用許可を申請してきた。
しかし、ソウル市は明確な理由を示さないまま、この申請を拒否。組織委員会は交渉の末、開幕式での使用許可は得たものの、メインイベントである「ソウル・クィア・パレード」(6月13日)の開催場所の確保はなおも難航している。
KQCFのカン・ミョンジン組織委員長は、次のように語る。
「ソウル市が言を左右にして広場の使用許可を出そうとしなかったのは、性的マイノリティを罵倒する保守キリスト教団体の過激な抗議活動を負担に感じていたからなんです。開幕式の使用許可を得るために、ソウル市を数年がかりで説得しなければなりませんでした」
一方、保守キリスト教団体は今回のソウル市の決定に対し、さっそく抗議に乗り出している。
韓国の新聞「クリスチャン・トゥデイ」によると、キリスト教系の「正しい性文化のための国民連合」がソウル市の決定を糾弾する声明文を発表。「この祭りは韓国国民の感情に反するセンセーショナルで淫乱で退廃的なものだ。昨年のパレードでは半裸の同性愛者が性行為を描写するような踊りを見せたことに、多くの批判が殺到した。法曹界からも当該行為が公然淫乱罪にあたるとの声が上がっている」などと主張している。
「6と9とは淫乱な!!」と教会が大興奮
さらに、光州広域市キリスト教教団協議会、釜山キリスト教長老総連合会などキリスト教系の数十に及ぶ団体は4月3日付の朝鮮日報に、「市庁前6・9同性愛/クィア性文化祭に絶対反対」とする全面広告を出した。この中で同団体は「6月9日という開催日は淫乱な性行為を象徴するものであり、ソウル市の堕落ぶりを同性愛者たちが祝うためのものだ」と主張した。
こうした動きを受けて、KCQF組織委員会などはもちろん反論を行っている。
それでも、韓国の保守キリスト教団体の言い分が世間からバッサリ切り捨てられているかといえば、そうはなっていないのが現状だ。
日本で「同性婚を制度化したときに少子化に拍車がかかる」と発言した自民党政治家が世論の集中砲火を受けたが、それとはまったく状況が異なるのだ。*2
韓国のプロテスタント信者は人口の24%を占めるに過ぎないが、メディアや企業を所有し、クリスチャンの政治家も数多くいることもあり、韓国社会に与える影響力は非常に強い。
現代の韓国社会を理解するにあたってキリスト教、特にプロテスタントに関する知識は欠かせない。次回はこの点について詳しく解説する。
文鮮明氏(故人)が1954年に韓国で設立したキリスト教系の新興宗教、世界基督教統一神霊協会(統一教会)。以前から同性愛を認めない立場を鮮明にしていたが、渋谷区が「同性パートナーシップ制度」導入する方針を打ち出して以来、反同性愛的なチラシを同区内で配布するなど活発な動きを見せている。
統一教会は1960年代半ばから70年代にかけて、「洗脳」とも指摘された強引な布教で社会問題を引き起こした。また、80年代には「霊感商法」でも激しい批判を浴びた。
統一教会が被告となった1993年の民事訴訟で、福岡地裁は、霊感商法などの経済活動は統一教会の指揮監督によって組織的、計画的に行われていたとして統一教会の使用者責任を認定。
判決で「布教活動の一環として行われたものであったとしても、その目的、方法、結果において到底社会的に相当な行為であるということはできない」と批判し、損害賠償を命じた。それ以降、統一教会の使用者責任を認める判決が相次ぐなど、司法からもその問題性を厳しく指摘されている。
統一教会のほかにも、最近になって日本で名前を知られるようになった韓国のキリスト教団体がある。
キリスト教福音浸礼会(救援派)。この団体を率いてきた兪炳彦(ユ・ビョンオン)氏は、昨年4月に沈没して304人もの死亡・行方不明者を出したセウォル号の運行会社オーナーだった。彼の指名手配に抗議して数多くの信者たちが教団施設に立てこもり、連日連夜の抗議活動を繰り広げたことは記憶に新しい。
韓国ではキリスト教(プロテスタント)団体が、こうした騒動の中心になることはさほど珍しいことではない。あまりに事件が続くため、韓国メディアの「定番ネタ」と化しているほどだ。
その代表的な例として、23年前に起きた終末論騒ぎがある。
終末論騒ぎで大混乱
韓国が軍事政権による支配から民主化して間もない1992年、キリスト教系のタミ宣教会のイ・ジャンニム牧師が「10月28日の0時に世界は終わる」と終末論を唱え始めた。すると、彼の言うことを信じた多くの信者たちが街頭に立ち、「携挙(世界の終わり)が来ます!」と叫びつつ布教活動に熱を上げた。 仕事や家庭を捨て、全財産を教会に寄付する人が続出した。教会に行くのを親に止められた女子高生が服毒自殺するなど、社会がパニックに近い様相を呈した。
やがて「予言」された時間が訪れたが、もちろん世界の終わりは来なかった。イ牧師は詐欺容疑で逮捕され、懲役1年と多額の罰金を命じられた。
当時、留学生として現場を目撃した日本人男性は、次のように語る。
「予告された時間が迫ると、教会前には多くの人が集まりました。世界各国の取材陣も『詐欺教会に家族を連れて行かれた』と泣き叫ぶ被害者家族たちもいました。あたりは一種の騒乱状態になり、午前0時が過ぎたことに気づかないほどでした。
0時半ごろになると、疲れた顔をした信者たちが次々に教会から出てきて言葉少なげにどこかへと去っていきました。
去年、救援派の信者たちが施設に立てこもったのを見て、20数年前のタミ宣教会の終末論騒ぎを思い出しましたね」
↑「世界の終わり」が来なかったことを伝える当時のニュース番組(字幕なし)
信者がテレビ局に乱入、放送機器を破壊
終末論と並んで韓国社会に大きな衝撃を与えたキリスト教関連の事件といえば、1999年に起きたMBC襲撃事件だろう。
韓国三大ネットワークのひとつ、MBCの時事番組「PD手帳」は当時、ソウルにある万民中央教会のイ・ジェロク牧師の不正を暴く番組を放送しようとしていた。信者からかき集めた金をアメリカでのギャンブルにつぎ込んでいたこと、信徒名義で金融機関から不正に貸し出しを受けていたこと、信徒にセクハラを行っていたことなどが主な内容だった。ところが、この番組の内容が事前に教会側に漏れてしまった。
万民中央教会のイ・ジェロク牧師
教会側は放送中止の仮処分をソウル地裁に申し立てたが、棄却される。
すると放送当日、教会側は約2000人の信徒を動員。局舎前で座り込んでMBCを非難する集会を行ったのだ。そのうち約300人は、局内にまで乱入して通路に座り込み、激しい抗議活動を繰り広げた。さらにその一部が、テレビ局の心臓部とも言えるメイン調整室に侵入。社員に暴力を振るい放送機器を破壊した。
「PD手帳」の放送は突然中断され、なぜか「動物の王国」へと切り替わった。しばらくしてから、緊急ニュースで信徒たちが局舎内に乱入したことが伝えられた。この事件は韓国社会にとてつもない衝撃を与えた。万民中央教会は韓国社会全般はもちろん他のキリスト教団体からも激しく非難され、局舎で破壊行為を働いた者たちは法的な処罰を受けた。それでも、教会はMBCに対する非難を止めようとはしなかった。 ほかにも似たような例が数多くあり、いちいち挙げていてはきりが無いくらいだ。韓国国民も大多数はこうした風潮に辟易しているのだが、宗教がらみの騒動はいっこうになくなる気配がない。その理由は日本とは大きく異なる、韓国独特の事情がある。
主な韓国キリスト教事件史
◯1987年8月29日 キリスト教系新興宗教の教祖が信者32人とともに集団自殺した「五大洋(オデヤン)」事件。「韓国の人民寺院事件」とも呼ばれる。救援派の兪炳彦氏の関与が長年取り沙汰されてきた。 ◯1992年10月4日 エホバの証人の王国会館(教会)に、信者となった妻を取り返そうとしていた夫が放火、14人死亡。
◯1988~1995年 仏教系大学の東国大学のキャンパス内の寺などが、6回にわたって放火される。犯人は捕まっていないが現場に十字架が描かれたことからクリスチャンによる犯行が疑われている。
公共の電波で宣伝、国家並みの集金力
米中央情報局(CIA)のワールド・ファクトブックによると、韓国のプロテスタント信者の割合は24%を占めている。ちなみに仏教は24.2%、カトリックは7.6%、その他の宗教は0.9%、最も多いのは無宗教者の43.3%だ。
24%は多いとも少ないとも言えない数だが、韓国社会に与える影響力はその割合以上のものがある。人脈や財力など要因は様々だが、最も大きいのは独自のメディアを介した発信力だろう。
韓国在住歴の長い日本人ジャーナリストが話す。
「日本と異なり、公共の電波を使った宗教放送が法的に認められている韓国では、プロテスタント系のラジオの全国ネットワークがふたつも存在しています。テレビもケーブル局ではありますが、3つのチャンネルを擁している。
有力日刊紙のひとつである『国民日報』もプロテスタント系の純福音教会の牧師が会長を務めています。また統一教会も「世界日報」を所有している。いずれも韓国10大全国紙に入っており、それだけでも影響力の大きさが推し量れるでしょう」
また、キリスト教系企業の存在感も大きい。「Who.A.U」や「Underwood」などのブランドで知られるアパレル企業、E-Landがその典型だ。2000年代に入ってからは小売業にも進出して巨大企業グループとなった。パク・ソンス会長が教会に寄付する献金の額は1年に130億ウォン(約14億3000万円)にのぼると言われている。
その影響力は政界にも及んでいる。象徴的なのが、クリスチャンである李明博前大統領だ。ソウル市長時代の2004年5月に開かれたキリスト教の行事で、「首都ソウルを神様に差し上げる」と発言したことが大問題になった。
最後に挙げておくべきは、信者数の多さに基づいたプロテスタント教団の資金の潤沢さだろう。それらの活動を資金面で支えているのが「十一租(シビルチョ)」と呼ばれる募金システムだ。日本語では十分の一税、什一税と呼ばれるが、収入の10分の1を教会に寄付するものだ。
人口の24%(約1200万人)が、安く見積もって1人あたり毎月20万ウォン(約2万2000円)ずつ募金するとすれば、毎月プロテスタント教団全体に入るお金の総額は2兆4000億ウォン(約2642億円)に達する。これは人口1000万のソウル市の2015年度の予算、22兆8427億ウォンが10ヶ月ほどで手に入るということだ。人口120万の水原(スウォン)市の予算(2兆878億ウォン)なら1ヶ月たらずの募金でまかなえてしまう。
日本国内に数十カ所の拠点
宣教を目的に海外に信者を数十人単位で送り込んだり、抗議活動のためにバスを数十台チャーターしたりするのは、ある程度の規模の教会なら朝飯前なのだ。もちろん、彼らは日本にもきている。
連載の2回目で見たように、韓国のキリスト教保守勢力の中には社会的な“トラブルのタネ”になっているものが少なからず存在する。
また、自分たちの教義を絶対視し、周囲にそれを押し付けようとする強引さは、それに反発する人々との間で激しい葛藤を巻き起こす。
その端的な例が、連載の1回目で見たホモフォビア(同性愛嫌悪)だ。*4
そして、統一教会が韓国流のホモフォビアを日本に持ち込んでいる事例にも見られる通り、韓国のキリスト教保守をめぐる様々な問題は、日本人にとっても対岸の火事ではないのだ。
韓国のある巨大福音派教会のひとつは、すでに日本国内に66もの教会を持っている。*5彼らはさらに、教会の「のれん分け」をしながら勢力を拡大中だ。
日本の人口に占めるキリスト教信者の割合は、プロテスタントとカトリックをわずか2%だ。韓国の教団からすれば、まだまだ「開拓」の余地のある「ブルーオーシャン」なのである。(おわり)
*1「同性パートナーシップ制度」条例案反対の署名は私のところにもきました。この条例案に反対ですか?と問われたら反対ではある。けれどもだからと言って、LGBTの人がそのことゆえに暴力やハラスメント、差別、社会的排除、恥辱を受けて良いとは思わない。まして殺害、処刑されたり、拷問を受けるような人権侵害を受けて良いなどとは思わない。
*2この自民党議員は柴山昌彦氏。発言したのは
討論バラエティ番組内でのことのようだ。
「(同性愛を)差別をすることは、これからなくしていかなければいけないと思いますけれども、それとこれを法的に認知するのとは違う話」というのが先にあるようだが。
*3「洗脳」とはいささか古めかしい。現在は、「マインドコントロール(理論)」すら法廷ではつかわれません。<参照>
「青春を返せ」裁判と「マインド・コントロール理論」*4ホモフォビアは同性愛、または同性愛者に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶・偏見、または宗教的教義などに基づいて否定的な価値観を持つこと。「異性装・心身の性の不一致に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶」はホモフォビアの定義に該当しない。
<参照>
国際連合におけるLGBTの権利 性的指向と性同一性を理由とする差別との闘い同性愛嫌悪に対する国連からのメッセージ
*5この巨大福音派教会ってどこなんでしょう?現在78万人の信徒を擁する世界最大のメガチャーチとなった。(WIKIPEDIAによる)汝矣島純福音教会のことでしょうか。
統一教会絡みで、同性愛嫌悪についてが多かったと思いますが、日本とは違う韓国での教会系列企業のあり方など興味深くて、やっぱり分割して書いたら良かったかなと思ったりしています。いろいろと考えるさせられる記事だと思いますがいかがですか?
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